美術部の作品集 <1069>

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エリナがやってきた。
高校で美術部に入って、絵をいっぱい描いているそうだ。
文化祭用に描いた作品集を、永久保存版だと言って持ってきたのだ。

エリナの作品だ。

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すでに大手メーカーは量産体制 <1068>

昨日、次男吉弘と話をした。
吉弘は、今名古屋にいる。
電子部品をメーカーに納める企業の営業をしている。
彼の担当はデンソー、その先にはトヨタがある。

「品物が出ていかんのよ!」

というので、私が、

「そうか、まだまだ、車も伸びていっていないのか?」

って言うと、吉弘

「いいや、メーカーの要求量が多くて、こっちの生産がおいつかんで、品物が足らんのよ」

という。

車を始め、電子部品が必要なメーカーはすでに、量産体制に突入しているようだ。
ところが、リーマンショックの後のリストラの影響で、電子部品を作る自社の工場の生産能力が今の要求に応えられないという。

中国のクリスマス商戦の影響もあるのだという。

どっかが作り貯めしているという話も、あるが・・・とも言っていたが、
どうやら、すでに自動車メーカーなどはフル操業に入っているようだ。

「あのときは、リストラしないと、会社もやっていけなかったのやろうけど・・・
 今は、本当に品物が足りん。 どこに、どれだけ我慢してもらうのか、なんて相談ばっかりせなあかん」

吉弘は、もう一度作戦を練るので、今日は徹夜で作業するとも言っていた。

私たちには実感はないが、すでに大会社は、次のうねりに向かって、大きく舵をとっているようだ。

あこがれ先生プロジェクト <1067>

京都掃除に学ぶ会の世話人メーリングリストに送ったメールを転載します。

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さて、今日は皆さんにお知らせがあります。

昨年11月3日に、中村文昭さんと大嶋啓介さんが主催して、
先生見本市っていう講演会があったのです。
全国で頑張っている先生を紹介して、みんなに特に先生に元気になってもらおう
って企画でした。

私のブログの記事から昨年の様子をご覧ください。
http://ikushin-otani.at.webry.info/200811/article_4.html

その第2回目が、あこがれ先生プロジェクトと名称も新に企画されました。
11月8日(日)に開催されます。

中村さんのブログに案内がアップされています。
http://fumiaki.exblog.jp/12334342/

5枚目の写真に注目!
何と私が写っています。
3人目の香葉村先生(女性)のお話が、あんまり感動的なんで、思わず泣きそう
になっている私です。

私は、こういう話しを、先生や先生になろうと思っている学生の皆さんに、ぜひ
ぜひ聞いてほしいと思っています。

料金も 教育関係者:無料  一般参加:¥1,000

教師や、教師志望の学生はタダにしているのが、中村文昭さん達の心です。

行ってみませんか?
場所は三重県です。
交通費はかかりますが、得るものは大きいと思います。

私は、参加します。

こういう会が、将来は京都や大阪で開催できればいいですね!


本日は以上です。

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育心メール通信 <1066>

新しいメールシステムを導入しました。
いろいろな機能があります。

それを使って、お母さん方に、たくさんの情報をお伝えしようと思っています。
第1回目のメールを昨日送りました。
下記です。
デコメールなので、携帯で見る方がきれいですね!

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○○○○様、お元気ですか!
育心の大谷です。
私のお話が○○○○様のお役にたてれば幸いです。

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砂漠をふたりの旅人が歩いています。
水筒には水が半分入っています。

ひとりは、
「水が半分しかない」と言いました。
もうひとりは、
「まだ水は半分ある」と言いました。

どちらが生き延びられると思いますか?


ふたりの職人が朝からレンガを積み上げています。

ひとりの職人は、
「まだ半分も残っている」と言いました。
もうひとりは、
「もう残りは半分だ」と言いました。

どちらが造った家に住みたいですか?


同じ状況でも、ふたりの考え方はちがいます。

人の幸不幸を決めているのものは、
自分自身の考え方、
心の持ち方一つでね。

子どもを見る時も、
ふたつの見方ができます。

まだこんなことが出来ない。
もうこんなことまで出来るようになった。

すべては、自分が決めています。


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育心ペアレンツクラブ開催
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9月26日(土)午前10時~11時30分に第5回IPCを開催します。

家族を信じて信じて信じ抜いた先に光を見出した、あるお父さんのお話を聞いていただきます。

信じ続けることの重要性、そして、今この瞬間を精一杯に生きようというメッセージを皆さんの心の共鳴でお聞きいただきたと思っています。

お父さん、お母さん、ぜひご参加ください。
参加される方は、資料の準備の都合上、9/24(木)までに、お電話かメールでご連絡ください。

お待ちしています。

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メールをデコメールに変えました。デコメールが受信できる携帯をお持ちの方には、少し特徴のあるメールが送られていると思います。

もちろん、デコメール受信できない携帯の方にも、普通のテキスト形式のメールを送らせていただきました。

今後、このような形で、いろいろなご案内や、子育てのために役に立つお話を、メールで配信していきたいと考えています。

このメールのご感想など、お聞かせいただければ、うれしいです。
よろしくお願いします。

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学びの広場 育心
代表 大谷岳嗣
〒573-1195
枚方市中宮東之町11-6
072-898-8174


賢者の書 <1065>

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喜多川泰さんの「賢者の書」を読んだ。
写真は私の手元にある旧版。
実は絶版になって久しく、なかなか手に入らない代物だった。

最近、新装版が出たので、アマゾンですぐ買えます。
ぜひお読みください。

喜多川さんの本は、どれもいいのですが、これがやっぱり原点かもしれません。
めちゃめちゃ引きつけられました。

これから読む人のために、内容は語りませんが、
私は、私のこれからの人生に
そして、私が思い描く育心の姿に
大きな勇気をいただきました。

喜多川さん、ありがとうございました。

祈りを込めてつくった豆富 <1064>

今日来た致知のメルマガから、安心堂白雪姫さんをご紹介します。

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■豆富づくりの精神
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 一隅を照らすもので私はありたい

 私の受け持つ一隅が

 どんなに小さいみじめな

 はかないものであっても

 悪びれず

 ひるまず

 いつもほのかに

 照らして行きたい


これは元住友本社常務理事の故・田中良雄さんの詩です。
そして同時に私ども「安心堂白雪姫」の豆富づくりの精神でもあります。
主人の太七は毎朝4時に、
「いい豆富ができますように」との祈りを込め、
この詩を朗読してから豆富づくりを始めています。

外国船の船乗りだった夫と結婚したのは20歳の時でした。
私が身重になったのを機に主人は陸に上がり、
将来は自分で商売をしたいと考え、
まずは勉強のために金沢の「芝寿し」に入社。

3か月だけの勉強だったはずが、
梶谷忠司社長(現・会長)に目をかけていただき、
期間満了と同時に工場長に抜擢されました。
そして気がつけば、入社からすでに10年の月日が
流れようとしていました。

主人はその仕事振りから「鬼の橋本」と言われていましたが、
工場の2階にあったわが家に戻ってから、
家族の前で愚痴やため息を漏らすことはありませんでした。

私も
「仕事に口出しをしないこと、従業員や近所の皆さんと
 公平に付き合うことを徹底してくれたら、
 あとは何をしていてもいい」
と言われ、三人の子どもたちを育てながら、
何の不足もない平穏な日々を送っていました。


■原因不明の病で寝たきりに
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

そんな時でした。31歳の私は、
突然原因不明の病から寝たきりになってしまったのです。
当時の医学では原因も治療法も分からず、
治る見込みはないと宣告されました。

高熱が続き、少しでも体を動かすと
針で刺されたような激痛が走ります。
仰向けになって天井を見ているだけで、
幼い子どもたちや工場を指揮して疲れて帰宅する主人に、
何もしてやれないもどかしさで狂おしい日々が続きました。

ただ横たわるだけの妻に対し、責めたり、
愚痴をこぼしたくなることもあったでしょう。
しかし主人は、毎朝
「お母さん、きょうもいい顔してるな。行ってくるよ。
 何かあったら工場に電話くれたらすぐ来るからね」
と言ってくれるのです。

私は主人の優しさに誓いました。
「このまま寝たきりで人生終わったらあかん。
 絶対よくなって、この人の役に立てる自分にならなあかん……!」

半年後、病院から
「人体実験になるかもしれないが、新しい薬を用いてみようか」
と話をいただきました。良くなるためなら何でもしよう。
その覚悟が薬の効果を高めたのか、
薄紙を剥ぐように快方へと向かいました。

3年にも及ぶ闘病生活を経て、
何とか不自由なく生活ができるようになった頃、
大阪で豆富屋を営むおば夫婦から連絡を受けました。
体を壊したので私たちに後を継がないかと言うのです。

主人は一言、「……やってみたいな」と言いました。
もともと自分で商売がしたいと考えていた人です。
芝寿しで学んだ商売の思想を
今度は自分の手で試したいと思ったのでしょう。

もちろん周囲は反対しました。
特に私の肉親は、奇跡的に命が助かったのに
どうしてわざわざ苦労をしに大阪に行くのか、
と縋るように引き止めました。
しかし、やっと私が主人を助け、役に立てる出番がきたのです。

おば夫婦の店は堺の市場の一角にありました。
狭くて暗いその場所に八百屋さんから譲り受けた
古いショーケース一つを置き、私たちは出発したのです。


■只、美味しい豆腐を造ることに専心する、馬鹿のような商人になれ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

40歳直前の手習いです。
おば夫婦から厳しい叱咤を受け、
朝から晩まで働きづめましたが、
つらいと感じることはありませんでした。

寝たきりの頃、主人に一生分の命を吹き込んでもらったのです。
何もできなかったもどかしさを思うと、
どんな苦労も幸せに感じました。

ある日、大阪に出た愛弟子が
どんなところで働いているか見てみたいと、
突然梶谷社長が訪ねていらしたことがありました。
一通り仕事場と住まいをご覧になってお帰りになられましたが、
その後すぐに「橋本太七君の創業を祝して」と題した
手紙をいただきました。

「『挑戦と創造』で『安心堂』を大阪で
 『一番の豆腐店』にしてください。
 一番とは『一番美味しい豆腐を造る店』ということです。
 決して一番儲ける店ということではありません。

       (中略)

 原価率だの、利益率だのという賢い豆腐屋になるな。
 只、美味しい豆腐を造ることに専心する、
 馬鹿のような商人であってほしい。

       (中略)

 立派な工場や広い住まいは求めなくとも、
 お客様に喜ばれる豆腐を造って居れば、
 必ずお客が与えてくれるものだ(略)」

私たち夫婦は手を取り合って涙を流し、
「美味しい豆富をつくることが社長への何よりのご恩返しだね」
と誓いました。

以来、この手紙が「安心堂白雪姫」の宝となり原点となって、
お客様に美味しいと喜んでいただくことだけを胸に
豆富づくりに励んでまいりました。
梶谷社長の言葉の通り、お客様がお客様を紹介してくださり、
いまでは自店を構え、百貨店にも出店、
年間何千というご注文を全国からいただくまでになりました。

私たちがつくるのは一丁数百円の豆富です。
それこそ、小さくはかない仕事かもしれません。
しかし大阪の片隅で私たち夫婦が祈りを込めてつくった豆富は、
必ずお客様の心に伝わると信じ、
これからも懸命に商売をさせていただきます。

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2006年12月号からの抜粋とあるが、読んだあのときの感動がよみがえった。
それからも、あちらこちらで取りあげられている方だ。

豆腐といわず、豆富という字をあてているのところにも、信念を感じる。

今、私は育心の将来のことをいろいろと考えている。
しっかりとご家庭に根ざした「育心」にしていきたいと考えているのです。
今日も、それをじっくり考える時間を取るつもりでした。

そういう時に、この文章が朝一番で飛び込んできました。
そして、私の心を打ちました。

意味があるのでしょうね。
ありがたいことです。

置き方の違い <1063>

京都の私学展に行ってきた。
パンフレットをもらうためだ。

ひとつ気付いたことがある。
大阪の私学展と、パンフレットの置き方が違うのだ。

私学展は正式には中学校高等学校展示会というように、
今年中学受験または高校受験をする子どもや親が
パンフレットをもらったり、
学校の先生と直接相談したり、
制服を見たりする会だ。

パンフレットを並べて置いている場所がある。

大阪の場合、学校ごとに仕切られていて、
そこに中学校のパンフレットと高校のパンフレットが並べて置いてある。

京都の場合、パンフレット置き場そのものが、
中学校と高校でもともと別になっている。
だから、高校の置き場には、高校のパンフレットのみが学校ごとにずらっと並んでいるのだ。

育心は、中学受験生は基本的にいないので、高校のパンフレットのみをとってくる。
その私にとっては、この並べ方は、とってもありがたい。

ただ、これは私の特殊事情ということではなくて、来られている保護者にとっても子ども達にとっても同じこと。
中3と小6両方の学年のお子さんをお持ちの保護者はごくごくまれだろう。

となると、中学校と高校のパンフレット置き場が、完全に分けてある京都の置き方の方が、よっぽど分かりやすい。

そして、何より、集まってくる人たちが、自然に中学校の置き場と高校の置き場に散らばるので、混雑が緩和される。
大阪では逆にみんなが一カ所に集まるので、混雑する。
活気があっていいようだが、パンフレット取るだけで一苦労するのだ。

パンフレットを事前に並べたり、後から補充に回る担当者からすると、
中学校と高校がすぐ横に並んでいる、大阪の置き方の方が、並べやすいのかもしれない。

たかがパンフレットの並べ方だ。
されどパンフレットの並べ方といいたい。

どちらが、きてくれるお客様の立場に立っているか。
気遣いの原点を見たような気がした。

目の診察 <1062>

本日は再び目の検診。

瞳孔を開くのに1時間かかるので、待ち時間が多い。
今までは、緊張していて、何もすることができなかったが、今日は本を読みながらじっくり待てた。
瞳孔を開くと、焦点がぼやけてくるので、看護婦さんが、何度もまだ見えますか と心配してくれたのだが、左目はちゃんと見えているので、そんなに困らなかった。

おかげで、今日はのんびり待つことができた。
そして診察。

レーザーによる固定は強固な壁になって、周りを固めてくれている。
見せてもらった写真から、色が変わってきてるので自分でも確認できた。

次回診察は、4週間後でいいと医師が言ってくれた。

順調ということだろう。
ありがたいことだ。

無我他彼此 <1061>

お盆に行った福沢諭吉展から、再度。

諭吉の雅号は「三十一谷人」という。
「世俗」という字をばらして、「丗一谷人」としたようだ。

そして、書の右肩に押す印(関防印)は
「無我他彼此」(かたぴしなし)
あらゆるものは円満に存在する という意味

雅号や関防印には、諭吉の

「世の中を上から見下ろすのでなく、庶民と一緒に歩く」という信念が込められているという。

そしてその姿勢は権力を大変に嫌ったことにもあらわれていたようだ。

国語辞典「言海」の出版記念式典の式次第が諭吉の所に送られてきた時、
あいさつ者の名前を見て
1.
2.伊藤博文
3.福沢諭吉

政治家が自分より先になっているところに、権力におもねる姿勢を感じて強い不快を感じ
自分の名前を消して、送り返したというのだ。

あくまで庶民の力で文明を築いていくのだという考えなのだろう。

その上で、

「全国の男女の気品を次第次第に高尚に導いて、真実文明の名にはずかしくないようにすること」

を目標としていたのだ。

いろんな意味で見習いたい人物だ。

熱が入る <1060>

だんだん授業に熱が入ってきた。
思いっきりしゃべっている自分がいる。

もちろん、あんまりムキなったらだめだぞってささやいている自分もいるのだが、
どうしても、力が入ってしまう。

これが塾人としてのサガというものだろうか。
生徒を前にすると、どうしても熱っぽいしゃべりになる。

まだ目は濁ってはいるので、いつも意識はしている。

でも、熱くしゃべっています。

心通信 <1059>

中3生に対する心通信を今週から開始した。
中3の2学期、クラブを引退して時間が十分あるようだが、実はその使い方が難しい。
もてあましてしまうっていう感じの子が出てくるのだ。

そこで、育心では私との交換日誌のような「心通信」を書いてもらい、自分を見つめる時間を持ってもらうようにしているのだ。

案内文から引用します。

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育心では中3生に対して「心通信」なるもの実施しています。

塾生が毎週目標を持って生活し、その反省を次の週につなげることを目的とします。そのために、簡単な通信文を私宛に毎週送ってもらいます。塾生の個人個人の状況を私が把握し、適切にアドバイスができるようにすることも目的の一部です。

具体的には次のように行います。交換日誌のようなものだと思ってください。

1.塾生は日曜日に(少なくとも月曜日学校に行くまでに)私へあてた通信文を書きます。
2.内容は次の三つです。

①今週の目標設定を3つ
何でもいいです。「今週は数学の宿題を完璧にやる」「次の日曜日の実力テストまでに~を覚える」「新しい友達を作る」「家の手伝いをする」等々・・・(できるだけ具体的に、小さなことでいいです。)

②先週の目標設定3つに対して○△×で評価を記入する。(第1週目はなし)

③何でも帳・・・先生に相談したいことなど何を書いてもいいです。
あれば何でも書いてください。なければ書く必要はなし。
例えば「数学の連立方程式の文章題が弱いんだけどどうしたらいいでしょう」「英語の単語はどうやって覚えるの?」「~高校受けようと思っているんですか…?」
相談というわけでもなくただ聞いてほしいも、OKです。「今日は学校でこんなことがありました。(嫌なこと・うれしいこと)」「友達と喧嘩しちゃった!」
 
3.何に書くか?

①携帯電話のメールが得意な人は携帯メールで送ってください。
②コンピュータのメールが得意な人はEメールで送ってください。
   必ず件名を「心通信9/6山本(自分の名前)」としてください。
③専用のノートを作って書き込み、月曜日に提出です。水曜日に返します。

①②が使える方は①②でお願いします。その方が先生も管理しやすいのです。
9月3日(木)までに提出方法を下記の申込書で確認して、9月6日(日)の週から、実施します。

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生徒は、いろいろな目標を書いてきます。
相談もありました。

私なりに、誠実に返信していきます。

目標設定の大切さや
継続することの難しさや

いろいろなことを、生徒が気付いてくれればいいと思っています。

育心Library Messageの発行 <1058>

昨日、久々に、育心Library Messageを発行した。
私が独自に配信している、メルマガだ。

私の塾友達・お知り合いに、私の近況報告と知ってほしい情報をお届けしている。

最近は、ほとんどブログのまとめなので、ここをご覧になっている方は、
知っていることがほとんどですが、よかったら、ご覧ください。

→育心Library Messageのコーナーへ

アドレスを登録していただいたら、次号から配信させていただきます。
もちろん無料です。(当たり前か!)


久しぶりの読書 <1057>

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昨日は、久しぶりに本を読んだ。

青年塾の上甲晃塾長の新著「松下幸之助の求めたるところを求める」

上甲塾長が、今年5月致知出版主催の講演会で話された講演録だ。
非常に読みやすい本だった。

松下幸之助翁の考えていたこと、
それを、どう上甲晃塾長が解釈しているのか、

しっかり読み取れる。

企業とは、公のもの。

公の土地を使い
公の人に集まってもらい
公の人のために
生産をしている。

判断基準の根底はそこにある。

お勧めの一冊です。

一応復活宣言 <1056>

保護者に向けて、一応の復活宣言をメールで今日出しました。

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皆さん、こんにちは。育心の大谷です。
昨日、再び眼科に検診に行ってきました。
おかげさまで、病気の進行はストップしたままのようです。
レーザー光線で焼いた周辺部分も強固なブロックになっているようで、それより
外へは網膜剥離の影響は広まっていません。
ということで、昨日からフラッシュカードも以前と同じようにきるようにして、
ほぼ元通りの授業をさせていただいております。
この間、本当にご迷惑をおかけしました。デリケートな病気だけに、今後も注意
をしながらではありますが、また一生懸命授業をしていこうと思っております。
どうぞよろしくお願いします。

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網膜という組織は、本当にデリケートのようです。
ですから、今後半年ほど定期的に眼科に通って、経過を観察していかないといけません。

でも、半年もびくびくしているわけにはいきませんので、今日から一応元通りと自分では言い聞かせてやっていくことにしました。

もちろん、頭ぶつけたり、運動をしたりは、できません。
仕方ないですね。

一番のショックは、

11月1日に予定していた、フルマラソンを走れなくなったことです。
夏休み中も順調に走っていただけに残念です。

でも、これも仕方ないですね!

診察 <1055>

今日で、網膜剥離から2週間。
診察をしてもらった。

剥離部分はそのままの状態、亀裂が進んでいる様子はない。
そして、レーザー光線で焼いて固めたブロックの外には、網膜剥離の影響は出ていないという。

結局、裂けた網膜が復活することはなく、かぎ裂きのままで一生お付き合いするようだ。
周りを固めている部分がしっかりしておれば、心配することはないそうだ。

このまま定期的に様子を見ていくしかない。
それで、来週もまた見てもらうことになりました。

振動と衝撃だけは禁物だけど、かなりの部分、普通の生活に戻ってよいとのことです。

皆さんには、色々ご心配をおかけしましたが、順調に回復しているようです。
今日からはフラッシュカードも、いつものようにやりながら、授業を進めていこうと思っています。

このまま、何にもなく、目のことを意識から外せる日が来ることを願うばかりです。

経世済民 <1054>

今週から、中3の公民は、経済の項目に入った。
コンピュータで目を酷使できないので、パワーポイントの作成をあきらめ、
板書授業をすることにした。

再度、色々調べることから教案を練る。

経済とは・・・
明治時代に欧米の文化を吸収する際、作られた熟語

Political Economy を福沢諭吉が、経済と訳したそうだ。
もちろんもとは、中国の経世済民という言葉。
「世の中を治め、人民を救うこと」という意味。

ということから、授業をスタート。
思いがけず、福沢諭吉が出てきた。
福沢諭吉展を見に行った時の話しも、まだ書きたいことが残っていたのを思い出す。

彼が、慶應義塾を作った時の言葉に

「僕は学校の先生にあらず
 生徒は僕の門人にあらず
 之を総称して一社中と名付け・・・」

みんな学問を求める仲間。
育心も、そうありたい。
私もまだまだ、研究しないといけないことが山ほどある。

少しずつ復活 <1053>

月曜日3コマ
火曜日3コマ
の授業を担当。

いよいよ今日は、小学校から中学校とフルコースの授業をする。
といっても、フラッシュカードは必要最低限のもののみとして、自重している。

授業に入ると、
ついつい大きな声をだしてしまう。
当たり前といえば当たり前。
長年の習慣だ。

だか、それはやっぱりパワー全開。
もうすこしの間、抑え気味の授業をしていこうと思います。

慎重に、慎重に!

お見舞い <1052>

先日、みんなでやって来た、今高3の卒塾生12期生が、
お見舞いに来てくれた。

恭平と講平と雄貴

授業が終わって、生徒がチャリキーがないって、下でバタバタしているので、
降りていくと、

玄関のところに、3人が入ってくるではないか。

「先生、目大丈夫ですか?

 びっくりしました!」

なんと、心配してきてくれたんだ。
嬉しいですね。

「これ、ワカバ(近くのスーパー)で買った物ですみませんが・・・」

って、こましゃくれたことを言いやがる。
うれしくって、涙が出そうだったよ!

3人が3人とも、小さな袋を差し出す。

りんご・なし・ジュース

小遣いで買ってくれたんだろうなあ~

ありがとう!
いっぺんに、元気になりましたよ!!

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年齢 <1051>

私は、今53歳です。
私の友達、そしてお付き合いしている方は、同じ年代の人が多い。

皆さん、いろいろな病気を持っておられる。

痛風で足が痛い
突発性難聴
内臓疾患で無理は出来ない
・・・・・・

みんな、なにがしかの病気を持ちながら、仕事に励んでおられる。

そんな中、
私は、元気いっぱい。
どこも悪いところがなかった。

薫里がよく
「元気なことはありがたいことやね」
と言っていた。

しかし、私は、これが当たり前。
自分は病気とは無縁だ。 
と思っていた。

今回の網膜剥離は、こんな傲慢な私に、
神様が、気づきを与えてくれたようだ。

決して若くないんだよ。
身体をいたわりながら、仕事をするんだよ。
無理はいけないよ。

ということらしい。

これからは、いろいろな病気ともうまく付き合いながら、生活をしていくようだ。
そういう年齢になったのだ。
と自覚しよう。

網膜剥離-8 <1050>

この間、考えたことがあります。

昨年だったら、いくら網膜剥離だといっても、私が家で1週間も寝ていることはできませんでした。

私の授業をどうするか という問題より
塾をどう運営していくか という問題が
対応できなかった。

今年は、相棒の森さんがいてくれました。
だから、塾の運営全般を任せることができたのです。

森さん、ありがとうね。
育心に来てくれて。

この1週間、ご苦労でしたね。
自分の授業以外に、いっぱい、いっぱい気を使わないといけなかったですね。

たぶんとっても、とっても、疲れたはずです。
今日は、ゆっくり、ゆっくり休んでください。

そして、また明日から、
私を助けてください。

よろしくお願いしますね。

ありがとう!