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今日もメルマガ、国際派日本人養成講座 からの転載です。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− ■4.「ぼくの希望は駐在所勤務!」■ 同期生の間で、将来の志望が話題になった事があった。皆が刑事や公安、科学捜査官、機動隊などと志望を語る中で、ニコニコしながら聞いている宮本青年にお鉢が回ってきて、こう答えた。 ぼくの希望は駐在所勤務! 「ふーん、宮ちゃんらしいなぁ」と皆は顔を合わせて笑った。 その願いがかなって、宮本青年は東京都町田市の南大谷駐在所で警察官の仕事を始めた。住民の中に溶け込み、仕事に自信と誇りを覚えるようになった。「みんなが安心して暮らせるように」が口癖となった。 やがて結婚し、長男が生まれた。夜勤明けの昼食に妻が作ってくれる特製焼きソバが、宮本さんの大好物だった。 キャンピング・カーを買って、家族で日本中を巡るのが、宮本さんの夢だった。妻と息子が、かけがえのない宝だった。 ■5.町のお巡りさん■ 平成16(2004)年、最後の職場となった板橋区の常盤台交番に移った。警察学校卒業以来、すでに27年が経っていた。ここでも多くの子供たちを守ることが、宮本さんの大事な仕事だった。 ピッピッピッ、ここは学校の近くだから徐行運転で。子供たちの下校時は特に注意して。 あ、もしもし。先ほどお宅のきよ美ちゃんが、道でお金を拾い交番まで届けてくれました。うんと褒めてあげて下さいね。 ピッピッピッ! そこの中学生たち。自転車の二人乗りは危険だから止めて。 子供たちまでが名前を覚えて「宮本さん」と呼びかける。 宮本さん、お早うございます。 やあ、お早う、元気だね。よそ見しないで車に気をつけよう。 自転車の鍵を失くして困っていた子供に、宮本さんはロックをはずして、家に帰れるようにしてあげた。 何でも出来るんだね、宮本さんは。 修理のプロから教わったことがあるのさ。役に立って良かった。 まさに町のお巡りさんの鑑(かがみ)だった。 ■6.運命の日■ 平成19年2月6日、運命の日がやってきた。「宮本さん、大変だよ。女の人が線路に立っている」と通報があった。宮本さんはすぐに駆けつけて、女性を交番に連れてきた。 ほっといてよ。私、死にたいんだから。 いや、死んじゃいけないよ。少し落ち着いて。 すきを見て、女性は交番を飛び出し、踏切から線路に入り、「死にたい」と叫んだ。宮本さんは後を追い、必死に連れ戻そうとした。 そこに急行電車がやってきた。運転手は懸命に急停車を試みたが、とても間に合わなかった。 事故現場に急いだ駅員や警察官たちは、ホーム下のわずかな隙間に女性をかばって身を投げ出した宮本さんの姿を見つけた。女性は無事だったが、宮本さんは重傷を負った。 −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−− |
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